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女将塾の一番の強みであり、塾を支えているのは、若いやる気あふれる女将候補生(塾生)たちです。 日々働きながら学び続ける候補生は、どうやって育っていくのか、少しだけご紹介いたします。

女将候補生たちは、まずは旅館・ホテルなどにおいて、実際の旅館業務を行います。掃除・接客・フロントなど、 全分野を担当することはもちろん、リーダー、副リーダー、アシスタントなどの全立場も経験します。
全ての分野・立場を体験することにより、業務の全体像を把握すると同時に、一緒に働く人の動きや状況を想像することができるようになります。

旅館業務を学ぶと同時に、各個人にあわせた課題が出されます。「京都に総菜屋を出店する計画書を書け」や「夏休みシーズンの売上げ倍増計画をたてろ」、「東北地方における観光業についてレポートを書け」などなど。 直接旅館業につながるものから、一見全く関係ないような内容の課題もでますが、どれも足りない部分を補強し、 よい部分を伸ばしていくような、各個人それぞれの内容になっています。

定期的に、 お花や習字のレッスンもあります。また、研修・勤務場所は全国の旅館になるので、比較的転勤・異動が多い職場です。 一口に旅館と言っても、客室数10部屋以下と100部屋以上のホテルでは全くオペレーションも違ってくるため、 研修中でも個人の希望に配慮しながらの異動が行われています。 そして全ての業務を学び、それ相応の実力がついたと思われるものは、ついに女将として新しい旅館に乗り込んでいくこととなります。 それまでにかかる修行期間は人それぞれ、実力主義なため、年齢や学歴などは全く関係ありません。




女将塾のプロ女将たちを紹介いたします。

三宅大女将

女将塾の塾長 兼 株式会社城泉閣代表取締役社長
塾生の育成と会社運営を両立する

1943年4月13日鳥取県鳥取市にて傘屋の3女として誕生する。
県立鳥取西高等学校、同志社女子短期大学卒業後、株式会社美津濃スポーツ役員秘書として勤務。
1966年6月、城崎温泉城泉閣役員三宅英功と結婚し、3男に恵まれしばらく子育てに専念。1972年経理担当の事務員の病死にともない、城泉閣の会計事務をすることになる。
経理学校に通いながら現金出納帳、試算表等記帳を見るうちに明らかな赤字が続いている事に気付き、何とかしなければと思うようになった。そこで最初に手がけたのが食材の管理と在庫の確認、そして次に人件費の見直しを行う。
人件費を削減することも大切だが、まずはじめにすることは効率良く働いてもらうための工夫、経営者のコンセプトを従業員にしっかりと説明して、仕事をしてもらう。こまめに声をかける。褒めてあげる。適切な評価をする。努力をしてくれた人とともに喜びを分かち合う。グループ作りをしてリーダーを選びリーダーを育てることと同時に1人1人の意見が出やすくする。そうした中でついてこられない社員が退職していき、新しい流れが出てきた。

その流れの中で、経営は無事黒字化を達成、そして次に思うようになったことは、自分の理想に近い、より良い旅館を作りたいと思うようになった。夢を実現すべく別の土地を探し、建築の認可・許可の交渉に苦労しながらも、ついに「自分の泊まりたい旅館」、城崎円山川温泉銀花を作ることとなる。

ハードは出来た後は、肝心な「ソフトをどうするか」が問題になった。この旅館に泊まることにより、健康になってもらいたい。人と人との出会いの時を創り、明日のエネルギーの源になるような旅館をつくりたい。これらの思いを表現してくれる人はどんな人があるだろうか? その結果、若くて健康な人 その上 知識があり、センスがあって明るく清潔感を身に付け、目標を持ってる人・・・。考えはまとまったが、中々そんな人はいない、じゃあそういう人を創れる環境を自分たちで考えようということになった。それが「女将塾」設立のきっかけとなった。

新しい考えの中で若い人のエネルギーと新鮮な発想を従来の旅館に吹き込もうとしているのが『女将塾』なのだ。